2021/11/29 17:50
太陽の光が降り注ぎ
風もなく穏やかな11月最終週の月曜日、
主人(泉奥原農園長)が行う初めてのクヌギ伐採に同行しました。

ほんの少し判断を誤れば、命にかかわる真剣な作業です。
お義父さんの指示のもと、道具を粛々とトラックに積んでいきます。
チェーンソー
オイル
はしご
ロープ
…
etc

さいごに、
自宅の庭で採ったミカンを『のどしめし』として載せたら出発です。
(喉をうるおすための水の代用物をのどしめしと言うそうです)
クヌギ林に到着しました。
木を切らせてもらう山々に畏敬の念がこみ上げ、
必然と無口になります。
山から谷に向かって切り倒すため
予め印をつけておいた上方のクヌギまで、山を登ります。
準備を整え、
いよいよです。
山の暮らしについて何も知らずに都会で生活していた一年前の私だったら
「木を伐採することは自然破壊なのでは?」と、
頭をよぎったはずです。
しかし、間伐することで
うっそうとした森林に太陽の光が差し込むようになり、
落ち葉が腐葉土となり、
山の栄養となり、
山の保全にも繋がるんです。
それでも、
「山の保全って誰のためだろう?人間が山の暮らしを選択しなければ、そもそも間伐は必要ないのかもしれない?都市農業が現実化したら、山はそっくり自然に還すのが良いのではないだろうか?」などと、
頭の中で思考がグルグルします 。
最終的に「正解はないんだ」と感じました。
立場が変われば事情が変わる。
視点を変えれば現実も変わる。
地球上の生命が共に生きるには、
それぞれが「今」に感謝し、
それぞれが「今」を大切に生きることに尽きるのではないでしょうか?
そこに「良いも悪いもないのだ」と。
ミシミシ、ギシギシと倒れていく木々の音が
悲しみの声なのか、歓喜なのかも誰にも分かりません。
